障害年金と傷病手当金には「社会的治癒」という言葉があります。
「社会的治癒」とは、医学的には治癒に至っていない場合でも、社会保障制度の行政運用の面から、社会的治癒の状態が認められる場合は、治癒と同様の状態とみなす取り扱いで、障害年金と傷病手当金の両者で社会的治癒の概念がありますが、実際の取り扱いについてはかなり違います。
今回は「社会的治癒」について解説していきます。
障害年金における社会的治癒
障害年金においては初診日を必ず特定しなければなりません。
初診日についての詳細は「初診日がわからないときはどうすればいい?」で説明しているので、そちらをご覧ください。
初診日を特定する際に社会的治癒が認められ、初診日を後ろにずらすことができるケースがあります。それにより、患者さんにメリットが生ずる場合もあります。
例えば、初診日において保険料納付要件を満たしていないケース、初診日の医療機関がカルテを破棄していてどうしても証明できないケース、初診日が国民年金加入でその後厚生年金に加入しているケースなどが挙げられます。
障害年金における社会的治癒の定義
社会的治癒とは医学的には治癒に至っていない場合でも、社会保障制度の行政運用の面から、社会的治癒の状態が認められる場合は、治癒と同様の状態とみなす取り扱いで、前後の傷病が同一傷病かどうかの判断基準となるものです。
初診日の認定において、社会的治癒とみなされる一定期間があれば、前後の傷病は同一傷病ではなく「別傷病」として取り扱われ、請求者が申し立てするこにとにより、初診日を「後ろにの傷病につき初めて診療を受けた日」にずらすことがきます。
社会保険審査会の解釈
いやゆる「社会的治癒」があったと認め得る状態としては、相当の期間にわたって医療(予防的医療を除く)を行う必要がなくなり、通常の勤務に服していたことが認められる場合とされている。いわゆる「社会的治癒」については、治癒と同等に扱い、再度新たな傷病を発病したものとして取り扱うことが許されるものとされ、当審査会もそれを是認している。
社会的治癒を申立てする効果
- 過去の傷病の初診日証明書がカルテ破棄等により確認できなかったとてしても、社会的治癒後の傷病の初診日証明書類であれば初診日が確認できる。
- 過去の傷病の初診日において納付要件を満たせなかったとしても、社会的治癒後の傷病の初診日において納付要件を満たせば、障害年金を請求できる。
- 従前の初診日では障害基礎年金に該当するが、社会的治癒後の初診日では障害厚生年金を請求できる。
- 社会的治癒期間の間に昇給していたり、賞与が支給されていた場合、社会的治癒後の初診日のほうが障害厚生年金額がたかくなる。
障害年金の社会的治癒が認められる一定期間とは
障害年金で社会的治癒が認められるためにはどのくらいの期間が必要なのかについては、個別案件で判断するため、明確な根拠のある情報は存在してません。
がんの場合においては、約7年間、社会保険審査会委員を担っていた加茂紀久男氏の著書において以下のように述べられています。
そのため、がんで社会的治癒が認められるには5年以上投薬(予防的投薬を除く)がなく、社会復帰していることが必要となるのではないかと思われます。
がんで障害年金の社会的治癒が認められるポイント
- フォローの検査において再発の所見がなく、腫瘍マーカー等の検査数値に異常がない
- 投薬内容が予防的医療の範囲内であること
- 医師の指示により加療の必要がないこと(自己判断による通院中断は認められない)
- 一定期間が必要であること(がんの場合では5年以上必要だと思われる)
※保険者(審査する側)が社会的治癒を請求者の意に反して適用し、初診日を後ろにすることは認められないとされています。
傷病手当金の社会的治癒について
傷病手当金についても障害年金と同じく、社会的治癒が認められることがあります。
原則、傷病手当金は「同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給期間が1年6ヶ月を超えないものとする」とあり、1回もらい終わってしまうと2回目をもらうことはできません。
しかし、「相当期間に渡って社会復帰(職場復帰等)をしていた場合は、社会通念上『治癒』としたものとみなし、最初の病気と再発は同一ではないものとする」(協会けんぽ)とあり再発の時点からさらに1年6ヶ月間、2回目の傷病手当金を受給できる可能性があります。
社会復帰期間は障害年金の社会的治癒より短く判断される傾向にあります。
傷病手当金の社会的治癒の判断はそれぞれの公的医療保険(協会けんぽ、健康保険組合)が判断しますので、それぞれの窓口に確認してほしいのでが、難しいところが、その判断が統一されているわけではなく、保険者の判断にバラツキがあるところです。
ひとつ言えることは、障害年金の社会的治癒より認められる可能性が高く、より職場復帰が重要視される傾向があると言えます。
例えば、抗がん剤治療を継続していたとしても、制限なく働いていた場合は社会的治癒が認められる可能性があります。社会復帰の期間についても、1年〜2年以上制限なく働いていた場合は、傷病手当金を受給できる可能性が出てきます。
ここは障害年金とはまったく違うところなので、注意したいところです。
まとめ
「社会的治癒」という同じ言葉であっても、障害年金と傷病手当金では、実際の取り扱いについてはかなりの違いがあり、傷病手当金のほうが社会的治癒の期間が短く判断され、社会的治癒の中身についても傷病手当金は制限なく働いていることが重要視されます。
がんの場合だと障害年金の「社会的治癒」は乳がんなどの長期間の経過観察を必要とするがん腫で使用する場合が多いです。
対して、傷病手当金の社会的治癒はすべてのがん腫で使用できる可能性があります。がん治療の進歩により、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などの殺細胞性抗がん剤ではない治療を長期間続けるがん患者さんも多く見受けられます。そのようながん患者さんでは、この社会的治癒という言葉を理解したうえで、治療と仕事の両立に役立ていただければと思います。